Para sa Masa (付録です)

プルメリア会報2017年5月発刊(PDFファイル)
会報19号を発刊しましたので掲載いたします。
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2017/02/20UP 最近のCEBUです(撮影−吉田相談役)












  wish someone a happy, healthy, and prosperous New Year.
 
 2017年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。


     
Christmasの飾り付けもあちこち見受けられて年末を感じさせますね。
       
プルメリアの経費は全て支援スポンサーから拠出していただいて、日本側経費も有志のボランティアや切手の寄付などで賄っており、経費節約が出来た分、現地の子供たちのために使えるので、これからも出来る限り頑張って節約してセブ島の子供たちのために活動を続けて行きたいと思います。
      
   

先月末にサポーターさん(里親さん支援者)の方々に会報等を郵送したのですが、引っ越しをされて不達で返送されて来た方々が数名おられます。メールアドレスをご登録の方々はメールを差し上げますのでご住所等の変更がありましたらご返信下さい。会報等をWEBのPDFファイルで閲覧出来ない方はお申し出下さい。メールアドレス宛にテキスト文書等で送信させていただきます。 2016/11/15
プルメリア会報第18号PDFファイル)
会報18号が発刊されましたので掲載いたします。
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ホームページ担当の鈴木です、2016年は4月にパソコンが壊れてしまいまして、8月にやっと新しいものに買い換えが出来ました。最近ではスマホやタブレットが主流なので見にくいWEBかも知れませんがお許し下さい。

プルメリア会報第16号(PDFファイル)
会報16号が発刊されましたので掲載いたします。
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2012/05/30
「光陰矢のごとし」今年も半年が過ぎてしまいます。去年は会報が東日本大震災の影響で発送出来ませんでしたが、今年は予定どおり2012年上半期の現地の子ども達の家庭環境や現地の詳細情報を会報でお知らせすべく、ただいま印刷をしています。
 
今回は会報と事務局からのお知らせのみですのでメール便にて発送を致します。遅くとも1週間程度で届くと思いますので、もし会報が届かなかった場合には、お手数ですが事務局までメールをして下さい。また登録されているメールアドレスや住所等の変更がこの1年以内にありました場合にも事務局までメールにてお知らせ頂ければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 お問い合わせはこちらへお願い致します→  ←

国際教育団体が調査した2008年の統計によれば、フィリピンでは60%の子ども達がハイスクールに進学はしますが、大学に進級出来たとして最終学年で数学や物理学といった科学を履修するのは1%程度といいます。また2012年現在、世界的な不況により看護大学等を卒業したとしても国内では就職する病院が限られている為に学位を持った大学卒業生であってもコールセンターで夜勤をするという様な外資系サービス業くらいしか就職のチャンスが無いのが現状です。【カミールさんのこと

(5/23更新:ももんが鈴木)

現地セブ島から

       
【今日訪問のスクワターで出会った幼い兄弟−大人用ダブダブTシャツが何とも可愛いです】
 
‘今日の出来事・今日の一枚’というカテゴリーを追加いたします。
 
これまでの、僕の投稿は、仕事でテンテコ舞の状態になると、どうしても、頻度が下がって、折角、せっせと動いていても、それが、ブログの読者の皆さんの眼には、ややもすれば、‘何もしていない’と写ってしまっているとの御指摘を受け、‘そんな解釈をされるのもイヤだなぁ’…と言う事で、何とか、画像一枚でも、何らか、その日の活動を象徴するようなモノ(まあ、場合に拠っては私生活のモノも)アップする事だけを心がければ何とかなるのかな…と、言う事で、先ずは、やって見ようと、カテゴリーの増設をして見たところです。

...しかし、自分が働いている様子は、自分には撮れないので、そんな時には、ウチの嫁の力を借りる事も必要なのかな…と言うところなのですが、以前なら、まだしも、今や、彼女のフィリピン人家族とも別居してしまい、核家族状態になったウチの状況と、更には、ウチの長女が今、学年末の長期休暇(今が真夏の東南アジアにおいては、夏休み中ですが...)で、ウチに居て、中々、手が掛かることから、嫁のサポートも、ほぼ期待できない厳しい状況ですが、先ずは、やって見る事、行動が全てと言う事で、見切り発車した次第です...(苦笑)

...それで、今日はと言いますと、午前と午後に、日本語教室を予定していた為、朝7時過ぎには準備を始め、気の早い午前の部の学生が、自分の宿題をPCで片付ける為に、8時頃から当事務所に入ってきた為、パソコンを開放をしました。

そして、その後、一部、家庭内に問題が発生した生徒(去年の今頃も同じような問題が起こったのですが、今回も同じく、父親が他所に女を作って、家族を棄てたという状況)が居て、彼は今回、大学進学の重要且つ、微妙な時期だったのに、この期に及んで、生活の基盤が失われ、先の見通しが利かなくなってしまった為、母親も呼んで、先々、どうするのかとした非常に重い御話を朝一番からしておりました...(苦笑)

        
…で、この画像は、上記の話題とは別の彼ですが、昨年、有志の方から御寄付頂いた中古のノート型パソコン(インターネット)を使って、課題(宿題)をせっせと片付けている様子です。


…他に、午前中には、10時過ぎに日本語教室を始める前に、大学生を中心に、先の一件を含めて、3名ほどが、相談及び、色んな事情から、奨学金の前払いを申請して来たので、結構、バタバタしていました。


       
…上記の彼は、某国立大学附属ハイスクールにて、夏休み中の課題として出されたモノ(日本で言うところの自由研究)をやりこなす為に、こちらにアプローチして来た為、奨学金の前払い措置し、受け取りにサインをしてもらって居るところです。


…で、日本語教室午前の部が終わったのが12時前で、嫁には、


 『1時にアヤラで待ち合わせがあるから、12時には食えるように昼飯を準備
 しといて!』


…と、言ってあったのが、ありがたいことに、ちゃんとしてくれていたので、サッサと飯を掻き込み(日本じゃ当たり前の事なのかも知れませんが、こちら、嫁が、これを、ちゃんと出来るようになった事は、格段の進化であり、感謝する他ないのです...そんな位、この国の標準は低いのだと言うことの裏返しですが...苦笑)バタバタとウチを出て、アヤラの待ち合わせ場所に向かい、


        
見学希望で、お迎えした語学学校で勉強中の日本人学生の御二人には、日本語教室で、フィリピン人学生へのリスニングの訓練を目的とした、日本語での自己紹介をして頂くために、上記の通り、原稿を即興で作って頂いた次第です。


…で、この後、お二人には、現地の現状などを45分程度、質疑応答を交えて、御話させて頂き、その後、2時過ぎから日本語教室を始めて、4時前までやっていたのですが、この間、嫁は、その後のフィールドワークに備えて、長女を義母のところへ預けに行ったので、画像はありません。あしからず...(正直、嫁の家族とは、極力、関わりあいたくないのですが、子供連れではフィールドワークに支障が出るので、やむを得ず…なのです...苦笑)


4時頃から、見学のお二人を伴い、フィールドワークに出たのですが、先ずは、グアダルーペの山の中(マンゴーの産地)で、一人で寝泊りしている(父親とは死に別れ、母親に棄てられ、一緒に住んでいた父方の祖母が死去したという、何とも大変な状況の子)の家を訪問して現状確認をした(これは、嫁と二人で、英語、ビサヤ語を交えての聞き取り)のと、その後、今回、名古屋大学大学院を修士課程を修了したB・A君の家のあるスクワターエリアを訪問し、当地の大学院での勉強をしているJさんを訪ねたのですが、偶々、家族ごと、留守になってしまっていて話が聞けず、‘空ぶった’帰り道で、滅多に見ない、日本の若い女性にカメラを向けられた、近所の少年少女が‘ワァ〜〜!’っと、集まって来て、狭い路地を塞がれ...


       
苦し紛れに撮ったのが、この画像ですが、真ん中の子が激しく踊っていたので、見事にブレてしまってます...(苦笑)


そんなこんなで、日没が迫って来たので、フィールドワークはお開きにし、(暗がりでは危険が多いので)後は、事務用品など、必要なモノを買出しして、今日のお仕事は、6時過ぎには終了したので、この投稿を時間に含めなければ、移動時間を含んで、実働10時間程度ってところでしょうか...


まあ、そんなこんなで、今後は、こんなに何枚もの画像を掲載して記事の体裁を整えるのは、時間的に、ちょっとムリですが、それこそ、‘今日の1枚’として、短いコメントをつけて、(実は、自分にとっては、これは最も苦手な事であり、チャレンジですが...)最低でも1日おき、出来れば毎日更新して行ければと考えております


権兵衛

現地セブ島のブログより】2012/03/19


【スクワター強制排除】

関東の大学生諸君を中心とした国際支援団体FESTさんとの協働活動についての続報です。


実は、その後、FESTさんの方でも、該当地域の住民へのアンケート調査の結果を踏まえて、今、この段階で、具体的な地域開発、或いは、生活向上プログラムに取り組むには、少し、ハードルが高すぎるとした判断をされたようで、先日の日曜日には、当初計画から、少し、トーンダウンして、地域住民へ対する、家計管理の勉強会のようなモノを計画したのですが、その直前の先週金曜日には、トンでもない事件が起こりまして...


… それは、こうした地域‘スクワター’(元々は、不法占拠住民を指す英語だったのが、フィリピンでは、そうした地域−英語で言えば、‘スラム街’−を指す言葉になっています)には、ある種、避けられない事で、彼ら日本の大学生諸君(FEST)が重点的に支援しようとしていた川沿いの地域から少し、陸側(?)に入った地域の約30世帯が、強制排除の処分を受け、あっと言う間に、そこにあった住居が取り壊され、住民たちの生活の場が奪われたのでした...


こうした事については、中々、判断が難しいし、意見が分かれるところだと思われますが、こうした不法占拠民は、明らかに、自分の土地では無いところに居座った訳であり、法の下において、ちょっと読み方を変えれば、‘法を犯している’訳ですから、法の下には、強制排除をかけた側に正義があり、土地を占拠していた住民たちは、‘悪’という事になる訳ですが...


… そのような事柄に突っ込んでゆくと、国家とか、政府とか、法とかを論じる事になり、収拾がつかなくなるので、詳細に触れるのは避けますが、僕が思うには、この辺りが、この国の最も深刻な問題で、全てが出鱈目な中、特権階級や為政者にとって都合よい状態にしているだけで、法そのものを守る事の根拠に乏しく、少なくとも、‘それ’は、この国の大多数を占める庶民(実態として皆、貧困層)を向いたモノにはなっていないと言う事ですね...(最近の日本でも、この辺り、要注意ですが...)


…この強制排除の背景にあったものは、この土地が、個人オーナーの担保物件になっていて、オーナーのビジネスの不調により、資金繰りがストップし、結果として、銀行が、この土地を接収したようです。

       

そして、銀行が、この土地を転売するに当たり、住民たちには、話し合いのテーブルに就くように要請したようなのですが、‘その意味が良く分からない’彼らは、それを無視し、更には、その後に発せられた、‘最後通告’も無視して、結果として、何の準備も無いままに、この日の強制排除を迎えてしまったようです...


そうした事は、日本人の感覚では、中々、理解し辛いところですが、‘これ’こそが、この国フィリピンの庶民層(貧困層)の真実であり、こうした法的処分は勿論の事、その他の‘通知’についても、実際のところ、‘その日が来ないと、分からない’…と言う事なんですね。そうした事を指して、もう直、名古屋大学国際開発研究科を修了するB・A君が、良く、

 『アルファベットを読める事で、‘識字率’が高いなんて統計は、ナンセンス
 であり、文書の意味が理解できなければ全く意味がない』

…と言いますが、こうした事実からも、‘それ’が読み取れるのですね...

          

まあ、しかし、この国の状況をして、こうした貧困層が、そうした状態にある事は、正に、中世ばりの愚民政策の結果なのであり、もし、誰かが、こうした状況を見て、


 『…だから、‘あんなヤツら’を相手にしても意味が無いんだ...』


...なんて言う事があるとすれば、それについて、僕は、あまりにも、一方的な短絡思考のようにも思えますが、多分、正しくは、‘自分の事だけでも精一杯なのに、そんな面倒な連中の相手はしていられない’と言う事なのかも知れません...


...が、そうした事の是非は、一旦棚上げして、言える事には、、こうした事態に及んでは、地震、火事他の天災とか人災に出くわすのと同じように、その被災者(?)の、その後の生活に大きな影響がある事は言うまでもありません。文字通り、生活の基盤を失う訳ですから...


そして、それに追い討ちを駆けるように、FESTさんの方で、重点的に取り組もうとしていた川沿いの住民も、近々、強制排除に向けた話し合いがもたれるとのウワサが流れ、住民たちは皆、浮き足立ってしまい、結局、11日(日)に予定していた住民とのミーティング兼講習会は中止せざるを得なかったのでした。


しかし、後で、バランガイオフィス(区役所のようなモノ)の窓口の人々と話をしていて分かったのは、彼らがアナウンスしたのは、川沿いの地主不在の土地(即ち、政府の土地)に居住している不法占拠住民を対象に、土地の政府払い下げ若しくは、移転他のオプションについてのタウンミーティング的なモノを行いたいとのアナウンスをしたら、折も折、御近所が、強制排除されたばかりだった為、‘すわ’と過剰反応をしたようです。


...実際に、僕が現場で、聞いた話では、‘3ヶ月以内に強制退去させられる’なんて、妙に具体的なモノもありましたが、結局、パニックになった人々の噂が人の口から口に伝わる内に、どんどん尾鰭がついて、一人歩きしてしまっただけの事だったようです...(結局、フィリピン人の‘チスミス’ってモノは、こうしたレベルのモノが多いので、要注意なのです。それで、僕は、ここでの長年の経験を通して、彼らの話を鵜呑みにはしないで、各方面から情報を集めて、必要であれば、その大元を糾して、事実のみを確認し、総合的な判断をするように努めています。...まあ、これは日本でも、似たような事が起こりえますが...苦笑)

     

さてさて、そんな訳で、日曜日には、FESTさんと、現地の人々を交えて、今後の方向性を確認しただけに留まり、御近所の、生活の場を壊され、右往左往している人たちを放置する訳にも行かないと、FESTさんの方で、翌日(月曜日)に、前出のバランガイオフィスの職員たちにも支援の仕方の意見を求めた上で、彼らの立会いの上で、2〜3日分の食料支援をする事になりました。(僕らプルメリアとしては、物資の調達とか分配方法について、バランガイ側と調整し、 FESTの側面支援をしました)

     
     …こんな風に、お米を1キロ毎に袋詰めし、

     
     缶詰も用意して、

     
    受益者名簿を作成して、キチンとチェックした上で、配給をしました...


勿論、こうした事は、問題の根本解決ではなく、一時しのぎではありますが、そこに助けを求める人がいた時に、最低限の出来る事を、ちゃんとしたプロセスを経て、尚且つ、迅速に行う事は非常に大切であり、こうした事を抜きにして、人と人との信頼関係は結べないのです。そして、信頼関係なくして、プロジェクトなんて為しえないのです。


そんな訳で、当初、思ったとおりに進んでいないのは事実でしょうが、FESTさんには、こうした緊急支援の中で培った地元住民との信頼関係をベースに、次には、先に進めるよう、(結果として、これで良かったと言えるよう)頑張って欲しいです。.


ブログ更新が止まってしまっておりましたが、この間、主に、ひでぶー君と仲間たちのUUUプロジェクトに拠る音楽会、それに、彼の後輩のPOCOPOCOのセブでの現地活動のサポート・立会いなどで、動き回っておりました。

...おかげさまで、色んな初体験、それに伴う発見がありましたし、一言で片付けてしまっては、彼ら、大きなプロジェクトをやり遂げた、日本の若者たちに対して失礼かも知れないのですが、本当に良いものを観させてもらったと思います。


【2012年】

   


プルメリアの現地ボランティアスタッフ(看護学生)からも"New Year's resolution"(新年の誓い)のメールが送られて来ました。内容は支援の御礼と「今年は出来るだけスラムに住む子ども達の健康チェックを気に掛けて、子ども達の病気などの早期発見や栄養面でのヘルプやアドバイスをします」というものでした。


  


この国は熱帯モンスーン気候なだけに、寒さとは無縁なのですが暖かいだけに食物の傷みは早く、子ども達は日常的に不衛生な食物を摂り主に下痢(アメーバ赤痢・寄生虫・感染等)になりやすく、脱水症状で亡くなる子も多いのです。
 

   


特に親御さんが教育を受けられなかったスラムの環境ですと、病気に対する知識が不足している場合が多く、生活的(金銭的)な問題もあって、子どもが熱や脱水症状を起こしても病院へ連れて行く事が困難な事が多いのも事実なのです。そんな時に現地の看護学生ボランティアの方々がスラムの子ども達の健康を気遣って早めにアドバイスや処置をして頂ければと、期待をしています。
 


        


去年は未曾有の災害が日本でも起こり、不景気も重なって、今年も日本の皆さんの生活自体も大変な時期だと思います。そんな中で、今を前向きに生きていくにはどうしたらいいのか・・・・・、答えは世界中の子ども達の笑顔が教えてくれる様な気がします。生きているって素晴らしい!。今日一日を無駄にしない様に楽しみましょう。そして皆さん今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

(ももんが鈴木)


【All Saints Day】

前回お墓の話題を掲載しましたが、フィリピン共和国では11月1日がAll Saints Day(万聖節)で2日がAll Souls Day(万霊節)で日本の「お盆」にあたり、今年も大勢の人々がお墓参りに出掛けられた様でした。

        

今年は9月末に首都圏の一部で洪水が発生しましたが、一昨年の様な大洪水は無かったので、家屋が流されたり棺が浸水してしまう事も無かった様ですが、今年はタイの洪水が影響し、ここフィリピン共和国の日系企業や多くの自動車関連の工場が停止したままになっており、タイに出張をしていた私の妹の旦那さんも、今回の洪水で現地工場が停止している為に来週にも帰国する予定です。

       
 (写真はマニラ首都圏にある水上(河川)居住者の家屋)
 
話によると他のタイの現場では機材や機器を高所に上げてボートで出勤してでも取引先に部品の供給が出来る様に、頑張っている所もあるという事ですが、タイからの部品供給が止まってしまい、フィリピンでも操業停止の日系企業や自動車関連工場が多い様です。
 
フィリピンでは、自国で採れるお米だけでは足りないので、タイやベトナムからお米を輸入しているだけに、タイの洪水は対岸の火事ではありません。タイの洪水被害が一刻も早く収まり回復する事を祈るばかりです。
 
 
(ももんが鈴木)


【葬儀とお墓で暮らす人々】2011/10/13UP

先日、ルソン島は首都圏ケソンシティーに住むボランティアスタッフの叔父さんが66歳で亡くなったので葬儀がありました。お墓はマニラのノースセメタリー。この国の平均寿命は男性が67歳ですが、日本人の感覚では男性でも66歳はまだまだ若いという感じです。亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。マニラのノースセメタリーに限らず、最近は景気が悪いため、墓地内の治安も良くなくて、お墓に住み着いているスクウォッター(squatter・不法占拠)の人々も相変わらず多いので、地元の人達も気をつけている様です。

      

『お墓で暮らす人々』



(ももんが鈴木)


【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part4

【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part3


【サンダル募金・イベント開催報告】 動画

【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part2

【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part1

【サンダル募金2011】経過報告2011/07/13

【サンダル募金2011】経過報告2011/07/11

【サンダル募金2011】経過報告2011/06/01

【2011/03/11】東日本大震災
【サンダル募金2011】開催のお知らせ2月

権兵衛さんのブログより】

ありがとうございます

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