Para sa Masa (IT担当者の付録)
appendix
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洪水】8月
 
現地ボランティアスタッフの家族が先々週のルソン島首都圏の洪水で被害に遭ったので、8月末に後片付けの手伝いに行ってきました。

   

報道によると、毎回の洪水でマニラ湾から大量のごみが押し寄せゴミが排水を妨げている原因の一部とみられる事から、政府は洪水水対策として首都圏の水路とその周辺を占拠し洪水の一因となっている住民らの強制移住を徹底する方針を表明しました。しかし強制移住させても食べる事が出来なければ、また戻って来る人々も多く、スラムの住民を排除するだけでは問題解決にならないと思います。

   

また河川の堤防と水路、河川ポンプの建設、改修や周辺の土地のかさ上げが必要で首都圏ではバレンスエラ市 マラボン・トゥリャハン川、パラニャケ・ラスピニャス川など、堤防については過去の最高水位を基準に高さを決めるということです。
 
   

首都圏の河川に設置されているポンプは老朽化が進み、最近ではもう修理の部品も手に入らない物がある為に全部取り換えになる模様です。現在、首都圏内では水路に居住する住民が約12万5千世帯、ラグナ湖畔にも6万から7万世帯の占拠住民が暮らしており、住居自体が水の流れを妨げてしまい川に投棄されるゴミが排水の問題を引き起こしていると政府は説明しています。
 
   


しかし、その様なスラム地区が地元政治家にとっては(教育も受けていないため安く買収出来る)美味しい票田になっていることから、立ち退きが難航する可能性もあり、政府は立ち退きと移住を円滑に進めるため内務自治省など関係省庁・機関からなる特別組織を設置して一定の猶予期間を設けた後、強制立ち退き移住を強行する予定だそうです。しかし移住先に雇用等の見込みが無ければ根本的な解決にはならないし、ゴミの問題でも地方自治体でゴミ処理する法案が出来たとしても、現在自治体にゴミ処理能力があるところは少なく、無ければ業者に委託し業者は不法投棄するだけで何も変わらないでしよう。
 
   

インクワイアラー紙のニール・クルス氏も「自治体にはゴミ処理施設は無く、処理を業者に依頼するため彼らは誰も見ていない時に空き地や水路に捨て、結果ゴミは水の流れを止め洪水の一因となる。マニラ湾に浮かんでいるごみの多くは、プラスチックと発泡スチロールで有機物は海底に沈んでいる。処理業者が海に投げ捨てたか川から流れ込んだと推測される。 以前はゴミを船でビサヤ地方のアンティケ州セミララ島に捨てていたが、ウミガメの産卵場所のため禁止され、そのまま海へゴミが捨てられる様になった。また、わざと排水管を詰まらせる連中もいて洪水で車両が立ち往生すると彼らは、車を押して高い場所に移動させ手間賃を貰う。手押し車に乗せて人を運び稼ぐ輩もいる。首都圏開発局は、排水管が石やごみで詰まる理由を調査する必要がる。商業施設でプラスチックや発泡スチロールを使うのも洪水を引き起こす原因の一つ。自治体はその使用を禁止し、紙や布の袋にすべきだ。プラスチックバッグの使用をすでに全面禁止した国もある。これらの国は、 環境を汚染しない素材に切り替えた。我々はプラスチックバッグが何を引き起こすか 体験したのだから。」と記事の中で記しています。
 

 
今回の写真は8月23日にケソン市はイーストウッド周辺のパッシグ河川沿いで撮影したものです。河川に近い多くの家屋は流され、まだ水位も完全には引いていない様で依然として汚水に浸かったままの家々が多く見られました。
 
   

(写真&文責:ももんが鈴木)

首都・マニラなど大規模洪水が発生、92人死亡】8月13日
 
フィリピン北部で7月末から台風11号がもたらした南西季節風の影響で大雨が続き、ルソン島は首都圏で大規模な洪水が発生し、土砂崩れによって民家がのみ込まれるなど洪水が収まった13日現在少なくとも92人が死亡し被災者は120万人を超えている見込みです。


現地ボランティアスタッフからの報告によれば、10日過ぎまで首都圏の半分以上が洪水で、交通機関が麻痺状態であった事。水や食料品が品薄で13日現在、政府より派遣された配給車が出動しているという事です。

  

  (写真はGMAニュースより)
  

  

  

  

  

  

  

  

  

  
   (写真はGMAニュースより)
 

現地セブ島から】2012−07

         

【ある奨学生の家の周辺環境:こうした状況が時に病気そのものを引き起こす事もしばしばです】

ここのところ、暫く、ほぼ問題の無い範囲での対応が続いていた、プルメリア現地奨学生への医療費支援ですが、先週水曜日に、とあるハイスクールの生徒(仮にM君としておきます)が、虫垂炎で緊急入院し、外科手術を行ったため、それに対する医療費援助をしました。

状況的には、M君が、激しい腹痛と、吐き気と熱に襲われ、非常に苦しみながら、学校を早退し、その後、彼のお母さんが、M君を公立病院へ連れて行ったら、その際、‘対応できる医師が居ない’との事で、そこから少し、離れたセブ市内の私立総合病院へ、M君を移送し、ERでの診察を受けたら、虫垂炎が判明し、緊急手術+入院と相成った感じです。

そうした場合、フィリピンでは、それなりの規模の企業に正式雇用されている人のケースは、一応、健康保険があって、それを担保に、病院は、最初から最後まで一通り面倒は見てくれるのですが、最終的に、総費用の1割程度しか、(患者側の9割負担)健保では対応できず、もし、その他の私的保険に入っていれば、そこからの支払いで間に合う場合もあり得ますが、無い場合には、入院手術費用一切(自己負担分)を、その場で清算するか、何らかの支払い目処を立てて、(保証人を立てて、分割払いをするとか)それを証明できるまでは、退院をさせて貰えない状況に陥ります。


...言うまでもなく、僕らの支援している学生の両親の殆どが、正社員ではなく、収入レベルも標準よりも低い場合が多いので、こうした場合に、保険による担保を利かせる事も出来ず、先ずは、入院保証金を払い込んで、そこから経費を差し引いて行き、足りなくなったら、病院側から、再度、入金の請求がある…としたパターンになるので、その場で何とか、何処かから借金をしてでも必要金額を用意するか、当方へ支援要請をして来るかしかなくなる訳ですが...

       


今回、M君のお母さんから支援要請があった際には、僕はメプサ工業団地での出稼ぎの最中で、(どうした巡り会わせか、最近、そうしたタイミングが多いのですが...苦笑)僕に、その状況を知らせて、指示を仰ぎ、病院へ駆けつけて状況を確認して、支払い他を行ったのは、ウチの嫁でした。


…で、M君は、先週土曜日に退院と相成り、最終的な治療費は33,000ペソ程(日本円で6万円程度)になったのですが、これ、ここセブの一般的な世帯の4〜5ヶ月分の収入に匹敵し、平均的な世帯よりも、更に低収入のM君の家庭には、到底支払える金額ではありませんでした。(健保対応をした場合の日本での費用と、ほぼ変わらないものと思います)


そして、昨日は、彼の退院後の様子を見るために、日本語教室終了後の夕方に家庭訪問を行ったのですが、M君は、まだ、本調子ではなく、痛みがあると言うのに、真面目で勉強熱心な彼は、


『明日から学校へ行きます』


…と言い張るので、


『そりゃ、君の体の事は、最終的には君にしか分からないけれど、無理をして、‘おかしな事’になったら、元も子もないから、無理はしないで、担当のお医者さんと、学校の指導部のC先生に相談するんだよ。同じ学校のEさんも2月にデング熱で2週間近く休んだけれど、問題なかったし、試験でちゃんと挽回していたからね』


…と、M君とお母さんに、話をして、もし、必要があれば、僕からも、C先生には、口添えはするからと約束し、その場は引き上げました。


ここの場合、お医者さんの方も治療したら、しっ放しで、予後の事とか、患者側からしつこく聞かないと何も言ってくれない場合が多いのと、皆が情報に疎くて、‘何をどうすれば良いのか’さっぱり分かっていない場合も多いので、今回、僕が彼らに告げたような事(日本人にとっては、常識的で当たり前の事)が、非常に有用だったりもするんですね。

それと、もう一点、M君を始め、奨学生たちの住環境、食生活、通学手段(彼の場合はジプニー)他、考慮したなら、無理をさせたらどうなるか分からないので、慎重に事を運ぶ必要があるのです。

取り敢えず、今回も大事はなくて良かったです。


        


権兵衛


【失業率・過去最高】2012/06/11

同国の非営利調査団体ソーシャル・ウェザー・ステーション(SWS)の調査によるとフィリピン失業率が過去最高になった事をMSN産経ニュースが報じた。失業が増加している模様で、今年1〜3月は同国失業率が前期比10.4ポイント上昇し34.4%となり2009年1〜3月期の34.2%を上回って過去最高と現地紙ビジネス・ワールドが報じた。
 
ソーシャル・ウェザー・ステーション(SWS)は四半期ごとに聞き取り調査を実施して結果を発表している。今回の調査は18歳以上の全国1200人を対象に行われ、男女別では男性が27.6%、女性が43%、年齢別では18〜24歳が55.9%で最多となるなど女性と若年層の失業者が増加している。世界的な景気減速を受けて、国内の求人数が減少したのが要因の様です。
 
今回の調査結果を労働人口に換算した推計失業者数は1380万人にのぼり、政府が今年1月に発表した公式統計の約298万人を大きく上回っています。



現地セブ島から

       
【今日訪問のスクワターで出会った幼い兄弟−大人用ダブダブTシャツが何とも可愛いです】

さてさて、本日より、‘今日の出来事・今日の一枚’というカテゴリーを追加いたします。


これまでの、僕の投稿は、仕事でテンテコ舞の状態になると、どうしても、頻度が下がって、折角、せっせと動いていても、それが、ブログの読者の皆さんの眼には、ややもすれば、‘何もしていない’と写ってしまっているとの御指摘を受け、‘そんな解釈をされるのもイヤだなぁ’…と言う事で、何とか、画像一枚でも、何らか、その日の活動を象徴するようなモノ(まあ、場合に拠っては私生活のモノも)アップする事だけを心がければ何とかなるのかな…と、言う事で、先ずは、やって見ようと、カテゴリーの増設をして見たところです。


...しかし、自分が働いている様子は、自分には撮れないので、そんな時には、ウチの嫁の力を借りる事も必要なのかな…と言うところなのですが、以前なら、まだしも、今や、彼女のフィリピン人家族とも別居してしまい、核家族状態になったウチの状況と、更には、ウチの長女が今、学年末の長期休暇(今が真夏の東南アジアにおいては、夏休み中ですが...)で、ウチに居て、中々、手が掛かることから、嫁のサポートも、ほぼ期待できない厳しい状況ですが、先ずは、やって見る事、行動が全てと言う事で、見切り発車した次第です...(苦笑)

...それで、今日はと言いますと、午前と午後に、日本語教室を予定していた為、朝7時過ぎには準備を始め、気の早い午前の部の学生が、自分の宿題をPCで片付ける為に、8時頃から当事務所に入ってきた為、パソコンを開放をしました。

そして、その後、一部、家庭内に問題が発生した生徒(去年の今頃も同じような問題が起こったのですが、今回も同じく、父親が他所に女を作って、家族を棄てたという状況)が居て、彼は今回、大学進学の重要且つ、微妙な時期だったのに、この期に及んで、生活の基盤が失われ、先の見通しが利かなくなってしまった為、母親も呼んで、先々、どうするのかとした非常に重い御話を朝一番からしておりました...(苦笑)

        
…で、この画像は、上記の話題とは別の彼ですが、昨年、有志の方から御寄付頂いた中古のノート型パソコン(インターネット)を使って、課題(宿題)をせっせと片付けている様子です。


…他に、午前中には、10時過ぎに日本語教室を始める前に、大学生を中心に、先の一件を含めて、3名ほどが、相談及び、色んな事情から、奨学金の前払いを申請して来たので、結構、バタバタしていました。


       
…上記の彼は、某国立大学附属ハイスクールにて、夏休み中の課題として出されたモノ(日本で言うところの自由研究)をやりこなす為に、こちらにアプローチして来た為、奨学金の前払い措置し、受け取りにサインをしてもらって居るところです。


…で、日本語教室午前の部が終わったのが12時前で、嫁には、


 『1時にアヤラで待ち合わせがあるから、12時には食えるように昼飯を準備
 しといて!』


…と、言ってあったのが、ありがたいことに、ちゃんとしてくれていたので、サッサと飯を掻き込み(日本じゃ当たり前の事なのかも知れませんが、こちら、嫁が、これを、ちゃんと出来るようになった事は、格段の進化であり、感謝する他ないのです...そんな位、この国の標準は低いのだと言うことの裏返しですが...苦笑)バタバタとウチを出て、アヤラの待ち合わせ場所に向かい、


        
見学希望で、お迎えした語学学校で勉強中の日本人学生の御二人には、日本語教室で、フィリピン人学生へのリスニングの訓練を目的とした、日本語での自己紹介をして頂くために、上記の通り、原稿を即興で作って頂いた次第です。


…で、この後、お二人には、現地の現状などを45分程度、質疑応答を交えて、御話させて頂き、その後、2時過ぎから日本語教室を始めて、4時前までやっていたのですが、この間、嫁は、その後のフィールドワークに備えて、長女を義母のところへ預けに行ったので、画像はありません。あしからず...(正直、嫁の家族とは、極力、関わりあいたくないのですが、子供連れではフィールドワークに支障が出るので、やむを得ず…なのです...苦笑)


4時頃から、見学のお二人を伴い、フィールドワークに出たのですが、先ずは、グアダルーペの山の中(マンゴーの産地)で、一人で寝泊りしている(父親とは死に別れ、母親に棄てられ、一緒に住んでいた父方の祖母が死去したという、何とも大変な状況の子)の家を訪問して現状確認をした(これは、嫁と二人で、英語、ビサヤ語を交えての聞き取り)のと、その後、今回、名古屋大学大学院を修士課程を修了したB・A君の家のあるスクワターエリアを訪問し、当地の大学院での勉強をしているJさんを訪ねたのですが、偶々、家族ごと、留守になってしまっていて話が聞けず、‘空ぶった’帰り道で、滅多に見ない、日本の若い女性にカメラを向けられた、近所の少年少女が‘ワァ〜〜!’っと、集まって来て、狭い路地を塞がれ...


       
苦し紛れに撮ったのが、この画像ですが、真ん中の子が激しく踊っていたので、見事にブレてしまってます...(苦笑)


そんなこんなで、日没が迫って来たので、フィールドワークはお開きにし、(暗がりでは危険が多いので)後は、事務用品など、必要なモノを買出しして、今日のお仕事は、6時過ぎには終了したので、この投稿を時間に含めなければ、移動時間を含んで、実働10時間程度ってところでしょうか...


まあ、そんなこんなで、今後は、こんなに何枚もの画像を掲載して記事の体裁を整えるのは、時間的に、ちょっとムリですが、それこそ、‘今日の1枚’として、短いコメントをつけて、(実は、自分にとっては、これは最も苦手な事であり、チャレンジですが...)最低でも1日おき、出来れば毎日更新して行ければと考えております


権兵衛

現地セブ島のブログより】2012/03/19


【スクワター強制排除】

関東の大学生諸君を中心とした国際支援団体FESTさんとの協働活動についての続報です。


実は、その後、FESTさんの方でも、該当地域の住民へのアンケート調査の結果を踏まえて、今、この段階で、具体的な地域開発、或いは、生活向上プログラムに取り組むには、少し、ハードルが高すぎるとした判断をされたようで、先日の日曜日には、当初計画から、少し、トーンダウンして、地域住民へ対する、家計管理の勉強会のようなモノを計画したのですが、その直前の先週金曜日には、トンでもない事件が起こりまして...


… それは、こうした地域‘スクワター’(元々は、不法占拠住民を指す英語だったのが、フィリピンでは、そうした地域−英語で言えば、‘スラム街’−を指す言葉になっています)には、ある種、避けられない事で、彼ら日本の大学生諸君(FEST)が重点的に支援しようとしていた川沿いの地域から少し、陸側(?)に入った地域の約30世帯が、強制排除の処分を受け、あっと言う間に、そこにあった住居が取り壊され、住民たちの生活の場が奪われたのでした...


こうした事については、中々、判断が難しいし、意見が分かれるところだと思われますが、こうした不法占拠民は、明らかに、自分の土地では無いところに居座った訳であり、法の下において、ちょっと読み方を変えれば、‘法を犯している’訳ですから、法の下には、強制排除をかけた側に正義があり、土地を占拠していた住民たちは、‘悪’という事になる訳ですが...


… そのような事柄に突っ込んでゆくと、国家とか、政府とか、法とかを論じる事になり、収拾がつかなくなるので、詳細に触れるのは避けますが、僕が思うには、この辺りが、この国の最も深刻な問題で、全てが出鱈目な中、特権階級や為政者にとって都合よい状態にしているだけで、法そのものを守る事の根拠に乏しく、少なくとも、‘それ’は、この国の大多数を占める庶民(実態として皆、貧困層)を向いたモノにはなっていないと言う事ですね...(最近の日本でも、この辺り、要注意ですが...)


…この強制排除の背景にあったものは、この土地が、個人オーナーの担保物件になっていて、オーナーのビジネスの不調により、資金繰りがストップし、結果として、銀行が、この土地を接収したようです。

       

そして、銀行が、この土地を転売するに当たり、住民たちには、話し合いのテーブルに就くように要請したようなのですが、‘その意味が良く分からない’彼らは、それを無視し、更には、その後に発せられた、‘最後通告’も無視して、結果として、何の準備も無いままに、この日の強制排除を迎えてしまったようです...


そうした事は、日本人の感覚では、中々、理解し辛いところですが、‘これ’こそが、この国フィリピンの庶民層(貧困層)の真実であり、こうした法的処分は勿論の事、その他の‘通知’についても、実際のところ、‘その日が来ないと、分からない’…と言う事なんですね。そうした事を指して、もう直、名古屋大学国際開発研究科を修了するB・A君が、良く、

 『アルファベットを読める事で、‘識字率’が高いなんて統計は、ナンセンス
 であり、文書の意味が理解できなければ全く意味がない』

…と言いますが、こうした事実からも、‘それ’が読み取れるのですね...

          

まあ、しかし、この国の状況をして、こうした貧困層が、そうした状態にある事は、正に、中世ばりの愚民政策の結果なのであり、もし、誰かが、こうした状況を見て、


 『…だから、‘あんなヤツら’を相手にしても意味が無いんだ...』


...なんて言う事があるとすれば、それについて、僕は、あまりにも、一方的な短絡思考のようにも思えますが、多分、正しくは、‘自分の事だけでも精一杯なのに、そんな面倒な連中の相手はしていられない’と言う事なのかも知れません...


...が、そうした事の是非は、一旦棚上げして、言える事には、、こうした事態に及んでは、地震、火事他の天災とか人災に出くわすのと同じように、その被災者(?)の、その後の生活に大きな影響がある事は言うまでもありません。文字通り、生活の基盤を失う訳ですから...


そして、それに追い討ちを駆けるように、FESTさんの方で、重点的に取り組もうとしていた川沿いの住民も、近々、強制排除に向けた話し合いがもたれるとのウワサが流れ、住民たちは皆、浮き足立ってしまい、結局、11日(日)に予定していた住民とのミーティング兼講習会は中止せざるを得なかったのでした。


しかし、後で、バランガイオフィス(区役所のようなモノ)の窓口の人々と話をしていて分かったのは、彼らがアナウンスしたのは、川沿いの地主不在の土地(即ち、政府の土地)に居住している不法占拠住民を対象に、土地の政府払い下げ若しくは、移転他のオプションについてのタウンミーティング的なモノを行いたいとのアナウンスをしたら、折も折、御近所が、強制排除されたばかりだった為、‘すわ’と過剰反応をしたようです。


...実際に、僕が現場で、聞いた話では、‘3ヶ月以内に強制退去させられる’なんて、妙に具体的なモノもありましたが、結局、パニックになった人々の噂が人の口から口に伝わる内に、どんどん尾鰭がついて、一人歩きしてしまっただけの事だったようです...(結局、フィリピン人の‘チスミス’ってモノは、こうしたレベルのモノが多いので、要注意なのです。それで、僕は、ここでの長年の経験を通して、彼らの話を鵜呑みにはしないで、各方面から情報を集めて、必要であれば、その大元を糾して、事実のみを確認し、総合的な判断をするように努めています。...まあ、これは日本でも、似たような事が起こりえますが...苦笑)

     

さてさて、そんな訳で、日曜日には、FESTさんと、現地の人々を交えて、今後の方向性を確認しただけに留まり、御近所の、生活の場を壊され、右往左往している人たちを放置する訳にも行かないと、FESTさんの方で、翌日(月曜日)に、前出のバランガイオフィスの職員たちにも支援の仕方の意見を求めた上で、彼らの立会いの上で、2〜3日分の食料支援をする事になりました。(僕らプルメリアとしては、物資の調達とか分配方法について、バランガイ側と調整し、 FESTの側面支援をしました)

     
     …こんな風に、お米を1キロ毎に袋詰めし、

     
     缶詰も用意して、

     
    受益者名簿を作成して、キチンとチェックした上で、配給をしました...


勿論、こうした事は、問題の根本解決ではなく、一時しのぎではありますが、そこに助けを求める人がいた時に、最低限の出来る事を、ちゃんとしたプロセスを経て、尚且つ、迅速に行う事は非常に大切であり、こうした事を抜きにして、人と人との信頼関係は結べないのです。そして、信頼関係なくして、プロジェクトなんて為しえないのです。


そんな訳で、当初、思ったとおりに進んでいないのは事実でしょうが、FESTさんには、こうした緊急支援の中で培った地元住民との信頼関係をベースに、次には、先に進めるよう、(結果として、これで良かったと言えるよう)頑張って欲しいです。.


ブログ更新が止まってしまっておりましたが、この間、主に、ひでぶー君と仲間たちのUUUプロジェクトに拠る音楽会、それに、彼の後輩のPOCOPOCOのセブでの現地活動のサポート・立会いなどで、動き回っておりました。

...おかげさまで、色んな初体験、それに伴う発見がありましたし、一言で片付けてしまっては、彼ら、大きなプロジェクトをやり遂げた、日本の若者たちに対して失礼かも知れないのですが、本当に良いものを観させてもらったと思います。


【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part4

【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part3


【サンダル募金・イベント開催報告】 動画

【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part2

【サンダル募金・イベント開催報告】写真集Part1

【サンダル募金2011】経過報告2011/07/13

【サンダル募金2011】経過報告2011/07/11

【サンダル募金2011】経過報告2011/06/01

【2011/03/11】東日本大震災
【サンダル募金2011】開催のお知らせ2月

権兵衛さんのブログより】

フィリピン・フィルムフェスティバル

万聖節(All Saints'Day)】 2010/11/01 
 
11月1日は聖人を記念する万聖節(All Saints'Day)です、
翌2日は万霊節(死者を記念する日)で日本の「お盆」と同じ様に、教会ではミサが執り行われ墓地では大勢の人々が一族の墓前に集まり、花やローソクや供物を捧げる光景が見られます。


        

        


先週、この万聖節にマニラのノースセメタリーという墓地に家族のお墓があるというバレンズエラに住む80歳のお爺さんから墓前に写真を飾りたいと、昔の家族写真の修復を依頼されました。
 

        


聞けば彼が10歳の時にマニラで撮った家族写真なのだそうで、今は皆さん亡くなられて、下の写真の中で顔の所が破けてしまった男の子が、今回写真の修復を依頼に来たお爺さん本人だということでした。いま80歳のご老人が10歳という事は70年前だから1940年頃の写真ということですね。


      
      (修復前のオリジナルの写真)

 
この写真が撮影されたとされる翌年の1941年12月8日に、日本は米英に宣戦布告をし太平洋戦争が勃発。南方作戦として第14軍がフィリピンに上陸し1942年に日本軍がマニラを占領。そんな歴史を経て70年も大事にしてきたご家族の写真なんだと思うと、何か特別なものに感じました。
 

   
   (修復させて頂いた70年前の写真)


(ももんが鈴木)

どうしてフィリピンは電気代が高いの?】 2010/10/27

25日は全バランガイの選挙でした】 10/25

アキノ大統領の就任100日記念演説】 2010/10/15

今回の写真をスライドショーにしてみました。テーマ(曲)は、フィリピンのAiza Seguerra(主にケソン市でライブ活動中の様です)さんが歌う「上を向いて歩こう」をカバーした曲です。YOU-TUBEでの掲載ページでは高画質1080pフルスクリーンでも再生できます。
 

(ももんが鈴木)

フィリピンの子ども達】 追加写真他04〜07

PocoPocoさんの記事が新聞に掲載されました】2010/08/29

イントラムロス】   2010/08/25

フィリピンの子ども達】 追加写真02〜03

【フィリピンの子ども達】 追加写真他01 2010/08/20
 
.ルソン島は首都圏バレンズエラでプルメリアのチャリティーパジャック(乗り合い自転車)を運営してくれているバランガイや、ボランティアスタッフが住むスラムPierに行って写真を撮って来ましたので、時間を見つけて随時ここにアップし「フィリピンの子ども達」の写真集をリニューアルしていきたいと思います。


シャワーターイム、イエーイ



ぷりっ



台車の整備







足元注意



男達は仕込みの最中
 





モツをカットして仕込み中




(撮影ももんが鈴木)

【フィリピンのバイク7人乗り】

【 7月の  セブの素顔 】  2010/07/11 研修生のブログ

【フィリピンの独立記念日 & 研修生のブログ始動】

【フィリピンの大統領選&総選挙】

チャリティーパジャック基金でのイベント】2010 MAY-7

国際交流

ルソン島で新種の巨大トカゲ発見

水不足と井戸水】2010/04/03UP

graduation(卒業)】 2010/03/29

フィリピンでも就職氷河期

【セブ島の子ども達part 5・6・7・8・9】 Photo by ISHIKURA

【セブ島の子ども達part1・2・3・4】 Photo by ISHIKURA

【エルニーニョ】 ニュースピックアップ

【セブの光と影3】 Photo by KISAMORI

【セブの光と影2】 Photo by KISAMORI 

【セブの光と影1】 Photo by KISAMORI

「ヒコーキが乗り遅れたデス!」 

【フィリピンの大統領選】ニュースピックアップ

【手伝ってあげているショップの事など】

【食べ物の写真を無料で美味しく変換】

フィリピンの紙幣や硬貨について】 

【 マクマクの反論 】
 
昨日、バレンズエラ市のハイスクールに通うマクマクから「日本はフィリピン人を大勢殺して占領してたって本当なの?」と聞かれて返答に困った。
 
ハイスクールの歴史の授業で「第二次世界大戦で日本がフィリピンに侵攻し1942年にマニラが占領され、その後多くのフィリピン人が殺された。そしてアメリカとフィリピンは共に日本と戦いフィリピンを守った」と先生が説明をしている際に、マクマクは自分が知っている日本人達を非難された気持になって「そんな事はありません!日本人は良い人達です!」と立ち上がって先生に反論してしまったそうだ。
 
 
    
     ※教会でプルメリアのボランティア活動をするマクマク(左)
 
プルメリアのボランティアスタッフとしてルソン島はケソン市などの教会で子供達へのボランティア活動などに参加している彼にしてみれば、信じられない事(歴史)だったろう。

聞かれた私も第二次世界大戦中に日本がフィリピンを占領していた事くらいで詳しい事は知らなかったので「確かに世界大戦の中で日本はフィリピンを占領していた事があって、それは事実だけれども、戦争というもの自体がとても異常な事で、マクマクには今の日本を見て欲しい」と、答えになっていない返答をしてしまった。 
 
歴史的には1942年に日本がフィリピンに侵攻しマニラを占領、1945年まで日本の軍政下におかれた事もあるフィリピン。1945年迄に多くのフィリピン人が戦闘に巻き込まれて犠牲になったという。そういえばセブの学校にも大日本帝国政府発行のペソ札が掲示されていた事を思い出した。
 

 
  ※写真はセブ市のアベリアナ・ハイスクールに掲示されているペソ札
   (第二次世界大戦で日本軍がフィリピンを占領中発行された軍票)
  
フィリピンにとってスペインの植民地時代が300年以上という一番長いものだったが、そのあとアメリカの植民地になり、一番最近(歴史的には最後)に起こったフィリピンの占領と戦争の相手が日本であったという事で、その歴史を知ったマクマクはショックを受けたのだろうと思う。
 
そういう歴史もあったので今のフィリピンと日本は関わり合いが深いのだよ・・・と、説明とも言い訳ともつかぬ話をしている自分が情けなかったが、マクマクの「僕は自分の眼で見た日本人を信じるよ」という言葉に救われた様な気持になった。
 
 
(ももんが)

フィリピンの航空機は安全ではないと注意喚起発令か

スラム街で火事・4千人住居焼失。

セブ島の【シヌログ祭り】2010 終了しました

【面白い名前のレストラン in フィリピン】

【 フィリピン共和国における在留邦人数・永住者数 】 1/15

【フィリピンのコーヒーBARAKOとアラミド】

【去年も多かった海難事故】1/9

留学生B君も政情調査のためフィリピンへ

1/5 スカラーが帰国

 Happy New Year! It is the beginning of a new year.
  窓際に、 一握りのコットン(綿)と、 1ペソのコインを供えて・・・


【 現地ボランティアスタッフ  カミールのこと 】 
 
プルメリアの現地ボランティアスタッフをしてくれているカミールは、現在ルソン島は首都圏ケソン市にある看護大学に通って看護師の勉強をしながら支援活動に協力をしてくれています。カミールは、生まれる前に父親となる男性が逃げてしまい、幼少の頃は母親であるアビーが未だ学生だったという事もあり、カミールの祖母にあたるマイキの娘として育てられていました(フィリピンではチスミスと言われる噂話が本当に多く、何かあれば話のネタにされ尾ひれが付いてイジメの原因にもなるためです)。


             


そしてカミールの母親であるアビーはというと、彼女が大学2年生の時に父が脳溢血で他界し、それと同時にまったく収入が無くなってしまったので、それまで家族6人が住んでいたアパートから追い出され、親戚が暮らすトンドという地区に近いスクウォッター(不法占拠地)と呼ばれるスラムに移り住み、マイキのカーテンを裁縫する内職では学費も払えない事からアビーは大学を中退して、住み込みで食堂の仕事に就きました。


        


しかし朝5時から食堂で午後の2時半まで働き、仮眠をして夕方5時から再び夜の11時まで働き続けましたが、6ヶ月間はここフィリピンでは正規雇用の扱いではないので最低賃金さえ守らなくて良い様な法律のため、1日15時間以上働いても日本円にして3百円程度の賃金で(それでも職が無いよりマシという現状に)耐えなければならず、家族5人(アビーには下に3人の妹がいます) が暮らし、妹たちを学校へ通わせるどころか毎日食べさせる事さえも難しかった様です。現在でも首都圏の最低賃金は1日382ペソ(日給700円程度)ですが、これも守られてはいません。
 

      


失業率が高いフィリピンでは労働力には事欠かないため、いくら仕事を頑張ったとしても正規雇用になる6ヶ月を目前に、どの会社でも当たり前の様に労働者を解雇してしまうので、また新たな働き口を見つけなければなりませんでした。(これは日系企業が入っている現地フィリピンの経済特区でも同じ事で、6ヶ月周期で解雇と雇用を繰り返し、いつも現地の最低賃金で労働力を得ることで人件費を削減しています。労働者側からみれば搾取としか言い様がない雇用形態なのですが、ここフィリピンはその様な雇用法なものですから文句も言えず、生きるために耐えているのが現状です。)
  

       


当時カミール達が住んでいた200軒の廃材で作った家々が密集するスクウォッターでは、冷蔵庫を所有しているのは2軒だけでした(フィリピンの電気代は日本よりも高いのでテレビなどの電化製品を持っている家は今でも殆どが盗電をしています)。冷蔵庫が無いという事は生鮮食料品の買置きは出来ないものですから、現在でもその日に食べる分だけ毎日調達をしています。

野菜とか新鮮な魚介類などは田舎でしたら庭や近くの田畑の生えているイモの葉やカボチャの花を摘んでくれば良かったり、魚は近くの川で捕れたナマズなどでも良いのですが、この国の都市部に広がるスクウォッターの最貧困層ではその様なもの(新鮮な野菜や魚)は手に入れる事は立地的にも経済的にも困難ですので、大抵の家々はドライフィッシュ(干物)くらいしか買い置き出来るものはありません。田舎は田舎で作物が病気に罹ったり、不作だったり、海が荒れるシーズンなどはそれだけで値が上がり、これも貧困層にとっては死活問題なので、田舎と都市部ではどちらがマシか・・という事も言えないのですが。

             


また、都市部では、お米は「NFAライス」と呼ばれる政府米(現在1キロ25ペソくらい)が売られており、これを炊いてドライフィッシュ1匹を家族全員で分けて食べたりします。ただ「干物をオカズに食べる」というよりは、ドライフィッシュをしゃぶりながら、その塩気でご飯を食べるというスタイルです。

カミールの家族もドライフィッシュを買えない時は、ご飯に砂糖(白い砂糖ではなくサトウキビを煮詰めて濾過しただけの最も安い茶色い砂糖)をかけて食べたりもしましたし、肉を解体して捨てる部分の脂身を貰ってきて、それを油で素揚げしたものに塩を振ってオカズにする(とにかくカロリーだけを摂る)時もありました。

またNFAライスは低価格ですが小石やゴミが入ったままなので、そのまま食べると歯が欠ける恐れがあるため、食べる分をその都度テーブルに広げて、小石やゴミや虫などをしっかりと取り除いてから炊かなくてはなりません。ちなみにフィリピンでは虫歯になったら「抜いてしまう」というのが一般的で、日本の様に歯の治療にお金や日数をかける余裕は庶民にはありません。なので、フィリピンで歯がとても綺麗な人(特に若い女性)を見かけたら、それは「入れ歯」である可能性が高いと思います。
 

            


低価格米のNFAライスはこちらでは「レギュラー」と呼ばれておりまして、その上が「クラスC」と呼ばれるお米(現在キロ28ペソ程度)で、その上がクラスB(33〜38ペソ)、そしてDenorado Special(45ペソ前後)、jasmine rice (48ペソ〜50ペソ)と続いて「クラスAのジャポニカ米(日本型の粒が短い米でキロ55ペソくらい)」が精米されて現在店頭に並んでいます。市場で売られているお米で「ジャパンライス」と表示されているものはジャポニカ米というだけで日本のお米ではありません。もちろん日本の食材店に行けば日本米も売られていますが日本で買うより高価です。

ちなみにクラスC以下の米は少し黄色味掛かったインディカ米です。そして、そのお米も買えない最貧困層の家々では「コーンライス」または「ライスコーン」と呼ばれるトウモロコシを挽いたものを炊いてご飯の代わりにします。それも買えない家は、田舎では値段の付かない様なウベやカモテと呼ばれる堅い芋類を蒸してご飯の代わりにしています。 
  

     


なので、スクウォッターに暮らす貧困層の子ども達は栄養不良になってしまう事が多く、育ち盛りの子ども達にはビタミンや蛋白質が極端に足りない環境に加えて、さらに衛生環境や水質なども悪いものですから「下痢」という大敵もあります。

日本では単に下痢をしただけで子ども達が死んでしまうということは希ですが、フィリピンでは不衛生な水や食べ物から下痢になりやすく、普段の食生活からも抵抗力が低下している子ども達は下痢からすぐに脱水症状を起こしてしまい、これが命取りになって毎年多くの子供達が「下痢」で死亡しています。


             


また都市部といえどもフィリピンは下水や排水の整備がちゃんとされていないので、雨期や台風の際にはすぐに冠水して洪水となります。今年ルソン島に上陸した台風16号では、首都の80%が冠水し隣のマリキナ市などは河川の氾濫で100%冠水しました。また、翌週に上陸して停滞した台風17号では洪水や土砂崩れなどで380万人以上が被災者となり、損壊した住宅は5万5000棟に上り、中でも大規模な土砂崩れが起きたベンゲット州では一度に288人の死者を出し、16号と17号を合わせると2週間あまりで800人近くの死者が出ました。そして最も被害が大きいのは、粗末な家を河川の近くに建てたスクウォッターや、密集して避難がままならない貧困層の人々なのです。


      


それだけではなく今年の台風の二次災害としては、救援のための配給弁当で212人が食中毒を起こしたり、亜熱帯の国々では洪水の際に流行が予想されているレプトスピラ症という感染症(レプトスピラ症はネズミなどの保菌動物の腎臓からレプトスピラ菌が尿と一緒に排泄され洪水後の水を汚染し、汚染された水や土壌との接触によって経皮的に感染したり、汚染された水や食物の飲食による経口感染によって発症する病気)による髄膜炎などによって洪水後たった2週間でルソン島だけで90人以上の人々が死亡しました。
 
しかし小学校も通えなかった貧困層の人々は、この様な感染症に対する予防知識はありませんし、洪水で停電しテレビも映らずラジオも電池が買えないので停電時には役に立たず(洪水時には感電の恐れがあるので送電をストップするのです)、また新聞からの情報も入らないままです(もともと新聞なんて買えませんし英字新聞は読めない大人が殆どです)。そして何も知らない子ども達は汚染された洪水の水で遊び、皮膚に傷などがあれば感染してしまいます。

今回のフィリピンの台風被害について、日本では「フィリピン=いつも洪水」という感覚なのでしょうか、こんなに悲惨な結果となった今年の洪水の被害でも、あまり日本のテレビニュース等では報道されませんでした。
 

       


そんな環境で育ったカミールですが、学校へ行けば大好きな本が自由に読めるし勉強も大好きだった事と、母親が大学中退という事もあって家庭でも「何とかして高等教育を修了して仕事に就かなければ、食べる事さえままならない」という経験から、大人はご飯を1日1食で我慢してでも子供だけは学校へ行かせたいと、母親のアビーもカミールがハイスクールに上がるまでスクウォッターという劣悪な環境の中で、毎月の生理用品さえも買えないまま、女手一つで家族を支えて頑張っていました。

殆どの一般庶民と呼ばれる家庭でさえ共働きをしてギリギリの生活をしているのに、その三分の一の収入で5人の家族が何とか生きているという貧困生活でしたが、クツ(サンダル)を持っていなくても学校だけは休みませんでした。

都市部ですけれどスラム街のカミールの家には電気などありませんので、夜は学校の宿題をするために近くの街灯のある場所や、通りのコンビニまで出掛けて行って、コンビニの駐車場の片隅に座り黒煙の混じったジプニー(乗り合いジープ)やトライシケル(乗り合いバイク)の排気ガスを避けるように、コンビニの店内から漏れる明かりで、同級生の教科書をコピーさせてもらった紙を開いては宿題をしていました。
 
  
          


幸運にもケソン市から北西にあるバレンズエラ市郊外に、ブロックを積み上げただけに見えるのですが当時1ヶ月1500ペソ(現在は2500ペソ・日本円で5000円)という格安の貸店舗(といっても広さ6畳に満たない程度のスペース)を借りる事が出来たので、母親のアビーは子ども達の学資の為にと切り詰めながらもコツコツと貯めてきたお金で文房具やパーティー用品などのギフトショップ店を開店し、首都圏のデビソリアやキアポなどで商品を仕入れて売る事で収入を得て、カミールも勉強で学費の割引を受ける事が出来る様に頑張って看護大学に入り、いま「やっと家族に未来が見えて来た」という所です。
 

「どんなに苦しくても希望を捨てずに努力を怠らなければ、必ず神様はチャンスをお与え下さる」と、カミールは信じています。そしていつも感謝の気持ちを忘れず、同じように困っている人々や子ども達を少しでも助けたいと看護師の道を選びました。また時間がある時は母親の仕事を手伝ったり、近くの貧困層の家々を回ってお年寄りの血圧を測ったり子ども達には衛生面でのアドバイスをし、プルメリアの支援活動にも現地スタッフとして毎回無償で参加してくれています。
 
  
           


この様に劣悪な貧困の中で、大抵の人間は心が折れ曲がってしまいそうな環境にあっても、人を騙したり、陥れたり、足を引っ張ったり、妬んだり、恨んだりせず、真っ直ぐな意志を持ち続け成長していくカミールの様な若者達を、私達は心から応援していきたいと思います。そして彼等の様な若者達が、近い将来、自らこの国の環境や社会を良くして行ける様な成長を遂げてくれる事を願って、共に私達も学びながら活動して行きたいと思います。

         
                 矢印がカミールさん 

(ももんが鈴木)

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